春はすぐそこ
2014年 10月 13日
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朝靄が立ち上っている。
十二の国の中で一番に陽が昇るその国は、今年は雲海の上にも雪が多く積もった。
四季の豊かな東の国だからこそ、
長い冬が明けて、春の兆しを感じるような陽光が待ち遠しく、
その日の朝は、そんな光が差していた。
燃えるよな赤い髪を持った少女が、誰もいないのを見計らって、うーんと、夜明けの四阿で背を伸ばす。
複雑な起伏を持った金波宮は、四季折々の太陽の位置によって、朝の光が差す角度が違うため
強い光と暗い影が同時に生まれる。
春を目前にしたこの季節、強い朝の光が雪に覆われた麓に辺り、蒸発した水蒸気が
一面広がって、白い靄に覆われた世界となる。
光が帯のように宮殿を刺す。
緑が芽吹く匂いが、間近に感じられて、すう、と陽子は思い切り朝の匂いをかいだ。
まだつんと鼻の奥に冷気を感じて、くしゅり、とくしゃみが出た。
朝靄の中、早朝で誰もいないのをいいことに、
嬉しくなって四阿から園林に下りる。溶けかけた雪の中をざくざくと歩き始めた。
光の帯の中を横切ると遠くで自分の影が大きく躍動する。
まるで影は意思を持っているように、消えては生まれていく。
園林を歩いて、その先の走廊からいくつかの呪の掛けられた庭院を抜けて、まるで自分が何処にいるか判らなくなった頃、気づけば簡素な木の根元に自分は立っていた。
明け方はそう長くは無いはずなのに、とても長い朝陽の時間である。
そして誰も近くにはいない。近くの四阿もまるで見たことが無く、いつかずっと昔に使われていたような
時代錯誤な古びた様式である。
白い肌をした木。
何処かで見た事がある、その記憶を辿れば、街の中で見た里木に似ている。
陽子はふと被衫の裾で、木の肌を拭った。
福寿殿に迷い込んだかと思ったが、そちらはこんな建物でもなく、ましてや人気が無いはずも無い。
朝陽がようやっと、その場所に届いた。
靄を通じてそこが、どこかの崖の上であることを知る。
目の前には雲海が広がり、そして人気も無く寂れている。
崖の形から推察するに、いつも正殿として使っている場所の
ちょうど山の西側であるようだった。
切り立った崖の間にふと生まれたその小さな空間に、
小さな四阿がぽつりとたてられている。
陽子はその場所が人目で気に入った。
そしてその、朝陽を浴びている里木に良く似た、白い木の肌を撫でる。
「春が近いなぁ」
ひんやりと冷たいその木の肌に、頬を寄せるようにすると、風がひょう、と吹いた。
心のどこかで故郷の春を想う。
桜、蒲公英、土筆、蓬。今は遠い故郷の春を。
朝靄が立ち上っている。
十二の国の中で一番に陽が昇るその国は、今年は雲海の上にも雪が多く積もった。
四季の豊かな東の国だからこそ、
長い冬が明けて、春の兆しを感じるような陽光が待ち遠しく、
その日の朝は、そんな光が差していた。
燃えるよな赤い髪を持った少女が、誰もいないのを見計らって、うーんと、夜明けの四阿で背を伸ばす。
複雑な起伏を持った金波宮は、四季折々の太陽の位置によって、朝の光が差す角度が違うため
強い光と暗い影が同時に生まれる。
春を目前にしたこの季節、強い朝の光が雪に覆われた麓に辺り、蒸発した水蒸気が
一面広がって、白い靄に覆われた世界となる。
光が帯のように宮殿を刺す。
緑が芽吹く匂いが、間近に感じられて、すう、と陽子は思い切り朝の匂いをかいだ。
まだつんと鼻の奥に冷気を感じて、くしゅり、とくしゃみが出た。
朝靄の中、早朝で誰もいないのをいいことに、
嬉しくなって四阿から園林に下りる。溶けかけた雪の中をざくざくと歩き始めた。
光の帯の中を横切ると遠くで自分の影が大きく躍動する。
まるで影は意思を持っているように、消えては生まれていく。
園林を歩いて、その先の走廊からいくつかの呪の掛けられた庭院を抜けて、まるで自分が何処にいるか判らなくなった頃、気づけば簡素な木の根元に自分は立っていた。
明け方はそう長くは無いはずなのに、とても長い朝陽の時間である。
そして誰も近くにはいない。近くの四阿もまるで見たことが無く、いつかずっと昔に使われていたような
時代錯誤な古びた様式である。
白い肌をした木。
何処かで見た事がある、その記憶を辿れば、街の中で見た里木に似ている。
陽子はふと被衫の裾で、木の肌を拭った。
福寿殿に迷い込んだかと思ったが、そちらはこんな建物でもなく、ましてや人気が無いはずも無い。
朝陽がようやっと、その場所に届いた。
靄を通じてそこが、どこかの崖の上であることを知る。
目の前には雲海が広がり、そして人気も無く寂れている。
崖の形から推察するに、いつも正殿として使っている場所の
ちょうど山の西側であるようだった。
切り立った崖の間にふと生まれたその小さな空間に、
小さな四阿がぽつりとたてられている。
陽子はその場所が人目で気に入った。
そしてその、朝陽を浴びている里木に良く似た、白い木の肌を撫でる。
「春が近いなぁ」
ひんやりと冷たいその木の肌に、頬を寄せるようにすると、風がひょう、と吹いた。
心のどこかで故郷の春を想う。
桜、蒲公英、土筆、蓬。今は遠い故郷の春を。
by kanae-r
| 2014-10-13 16:48
| Le quattro stagioni