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当ブログsoireeは管理人kanaeによる雑多な二次創作を扱っております。苦手な方等はご容赦ください。


by kanae
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第十六夜 新しい服

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たとえば士官になりたての若者が、はじめてきりっとした制服を着用したときだとか、婚礼衣装に身をつつんだ若い花嫁だとか、公主が豪華絢爛な襦裙をきてとても幸せそうな様子、というのは往々にしてあるかと思います。

ただ今晩、とある楼の房室にいた十四才の少女ほどの幸せは見たことがありません。
少女は青い新しい襦裙と桃色の花鈿を目の前の麗人からもらって、ちょうどそれを身につけた姿はすばらしく、少女の面倒をみている役目の、女性もにこやかに笑いました。そして、灯を、と仕える者に伝えました。

余り明るいところが好きではない、若い麗人はあまり灯を煌々と照らすのが好きではなかったものですから、月のひかりが部屋の窓から照らすだけでは十分明るいとはいえなかったからです。
少女は人形のようにまっすぐ立ち、両腕は襦裙からまっすぐ出て、指はせいいっぱい開かれていました。彼女の目から、全身から、幸福があふれだしているようです。

そこは所謂、柱や梁、窓枠まで緑色で塗装されているような場所でしたが、少女は其れなりに自分の運命をわかっていましたし、そしていつか自身を貰い受けてくれる麗人がいることを期待していました。
だからこそ、この年若の麗人が―その人は彼女がもらいうけた青い襦裙とは正反対の、燃えるような赤い髪をして、美しい翡翠色の瞳をしていました―そういった手に届かないであろうけれども、小さなときから彼女の面倒を見てくれていましたから、いつか貰い受けてくれたらいいなぁ、と淡い淡い想いを抱かないでもいられないのでした。

そうした少女の若い想いを、少女の面倒をみている年上の花娘は、もちろん叶わないことをわかっていましたし、そして少女ももちろんをそれを判っていました。
何より、この男装の麗人は、青い襦裙の少女の面倒をみている花娘も、その花娘を小さいころから面倒みていた花娘も、みんなが小さなときから、大人になって、やがてその青楼を去るときまで、ずっとずっと変わらぬ見た目であるからです。
それはその麗人が、時の止まった遠い雲海の彼方の住人であることを示していました。

「明日は其れを着て、出かけようか」
赤い髪の若い麗人が、ふわりと笑いました。
少女はどきり、と胸が高鳴って、顔が紅潮するようでした。これから少女の人生は長く苦しい茨の道が続くことになりますけれども、それは本人も麗人も、皆知っていましたし、だからこそ、一日くらい白昼夢を見たっても良いのです。
by kanae-r | 2014-10-19 13:59 | 絵のない絵本 >12