北京、12月
2017年 01月 22日
>
ユウリが金色のメダルにキスをするのを見て、ヴィクトルはまた涙が出た。
まず一度目は彼のFSの時。ヴィクトルの直後に彼は滑ったから、ちょうどキスアンドクライからインタビューに向かう途中、立ち尽くしてしまった。涙が溢れた。彼はいつか死んでしまうのでは?神さまに心も身体も、ささげて、いつか神さまから迎えが来そうだ。その衣装はエキゾティックで、腕の動きにそくしてふわりふわりと風を孕んだ。腰の紐は不思議な組紐をしている。曲は映画の曲で、すごくジャパニーズでダイナミックだったけれど、ユウリの踊りは女性的な、清廉なものも感じる。マリアの献身のような。いつかみたサロメとは間逆の。でもそのサロメの中にでてきた死装束をも思い起こした。
ユウリのメダルへのキスでヴィクトルが泣き出したのをみて、ユウリはびっくりしてヴィクトルの涙を拭った。だ…だいじょうぶ?悔しかった?
ヴィクトルはそう、悔しかった、と返事をした。悔しかった。死ぬほど悔しい。世界選手権では俺が金メダルだ、と怒鳴ったら、ユウリは微妙な顔をした。それでますますヴィクトルは泣いてしまった。良い大人が。
エキシビションでヴィクトルはARIAを歌った。STAY CLOSE TO ME。優しく愛を歌えたと思う。ユウリは魔王を演じた。すべて奪われそうな怖い迫力だった。ほんとうに、どんなリビングレジェンドだ。誰かあなたに勝てる人間がいるのか。いるとしたら俺しかいない。
バンケットをそうそうに抜け出して、ユウリの好きなホテルの最上階へ向かう。大抵のバーは照明は暗くて、たまに眠ってしまいそうになる。人の顔もわからず、愛を語るのにも内緒話をするのにも良い。ろうそくがところどころにともっている。ロシアではクリスマスを祝う風習はないけれど、アジアの中国ではクリスマスが根付いているらしい。
「ユウリが死んでしまうかとおもった」
そんな気持ちだったよ。ユウリだけを見ていたよ。俺なんか見ていないんだね、ユウリは。もっと高尚な、スケートの神さまだけしかユウリは見ていなかったんだ。
ぽろぽろと涙が溢れて、ユウリがまた溜息をついてハンカチを差し出した。あ、良い匂い。ユウリのコロンを感じてこんな時にヴィクトルは嬉しくなってしまった。記念に貰おう。新しいのを買って返そう。
「ユウリのスケートにはLifeが見つからなかったよ。Loveしかなかった…」
バーのいいところは、いい大人がぐずぐず泣いていても誰も気にしないところだ。暗くて顔もよく見えないし、適度なピアノの音が適度に隣の席の会話を遠ざける。
Life?ユウリが首を傾げる。そうだよ、毎日のよろこび。人生は二つのLがあると思う。LifeとLove。
関心したようにユウリが息をついた。ヴィクトルはすごいなあ。ヴィクトルは目元をもう一度拭った。ねぇ、オフシーズンにデトロイトに行きたいな。ユウリが案内してよ。
おいしいもの食べてさ、観光しようよ。明日北京の街をあるくのだっていい。ユウリと一緒ならきっと楽しいよ。
ユウリは柔らかく笑った。そうだね、ヴィクトルと一緒ならきっとなんでも楽しい。僕は君の瞳が好奇心でキラキラ光っているのが好きだよ。まるで僕のミューズだ。
ヴィクトルは心臓が止まるかと思った。僕のミューズ。俺の神様、そう、ミューズはあなただ。いつだってそうだった。もちろん今でも。たとえLifeがなくても。
「実はね、来年のオフシーズンはもうデトロイトにはいないんだ」
ごめんね、とユウリは答えた。ヴィクトルは再び心臓が止まった。何度殺されればいいのだろう。また涙が溢れ出して、ユウリは美しい指の先でヴィクトルの涙を拭ってくれた。そうやって音もなく泣くのやめてくれない?心臓に悪いよ。
こっちのセリフだばかやろう、と心の中でヴィクトルは叫んだ。
「ユ…ユウリ、引退するの?ハセツに戻るの?」
曖昧にユウリは微笑んだ。まだ決めてない。そう言った。
場をわきまえずに彼の手首を掴んでしまった。明日の自分の顔が凄いことになっていそうだ。こんなに泣いたのは子供の時以来だろう。
「やめないでよ、一緒に滑ろうよ、ずっと一緒に」
ほんとうは離れずにそばにいて!と叫びたかった。ユウリはヴィクトルの指を手首からやんわりと外した。ヴィクトルは泣き虫だね。にっこりとユウリは笑った。
by kanae-r
| 2017-01-22 11:52
| YURI ON ICE