当ブログsoireeは管理人kanaeによる雑多な二次創作を扱っております。苦手な方等はご容赦ください。


by kanae
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

長谷津、8月

>







脚の調子が良くないらしい。彼が一番得意とするジャンプ軸もぶれていた。
ヴィクトルはいらいらしていた。重ねた年数のだけ、表現したいものがある、と言う気持ちも十分わかるけれど、段々と身体に限界が来ている。腱も筋も骨もぼろぼろだった。勇利は毎日何も言わずマッサージをするしかなかった。神さま、あともう少しだけ彼をお守りください。

ユウリは結局、俺のことは見ていないって思うときがあるよ。夜のリンクは静かだったから、思いの外声が響いた。結局君は君の神さまのためにしかスケートを滑らなかったし、俺のことは眼中になかった。何いってるの、と返そうと思ったけど、ヴィクトルの目は明らかに怒っていた。君のことをちゃんと見ているよ、いつだって。そう返事をしたらリンクサイドまで彼はやってきて、勇利の瞳を上から覗き込んだ。だいぶまえに、ヴィクトルは勇利の身長を軽々と超えてしまって、彼と隣り合わせで歩いていると、いまでは勇利の方が年下に見られることも多い。

ユウリはなにかを求めてるよね、それは俺じゃない。俺にはユウリだけだ。この先もきっと、かわらない。もういい加減あきらめたら?
リンクの中からそう氷のような瞳に問いかけられて、勇利は瞠目した。
ユウリは目の前の俺から、逃げてる。俺は逃げない。
そうしてヴィクトルは氷の上へ泳いでいった。何か言わなければ、と思って、何も言葉がでてこなかった。彼の為に今季振付した曲は、彼を絶対に勝たせるだろう。いつだって僕は、彼が勝てるような振付をする。まるで氷の上で踊る為に生まれたような銀の星の髪の毛と、氷の色の瞳。君はいつだって僕のミューズだ。勇利がいま彼に愛を伝えられるのは、やはり氷の上でしかなかった。


ヴィクトルは先に一人でゆーとぴあに戻ってしまった。思いつめた選手ほど、何をしでかすかわからないというのは、勇利も体験したことがあったし、彼にも独りの時間が必要だろう。
今季のプログラムを彼が流した動画を改めて見直す。彼の体重、飛べるジャンプの高さ、柔軟性、掌のうごき、腕のうごき、身体の可動域。勇利が勇利のためにつくるプログラムではなく、この曲は今季をすべる今のヴィクトルだけのものだ。スマートフォンの動画の中で、小さく身体をそらす彼を指の先で辿る。
きっと昨年この表現は出来ないし、来年同じものを滑っても違うものになる。悩んで苦しんで葛藤して身体を騙し騙ししながら氷の上で表現をする。ステップシークエンスからのつなぎを少し変えることを提案してみよう、あとはもうすこしだけ柔軟性を入れてもらおう。勇利は自ら動画をセットし、氷の上でもう一度初めから曲をさらい出した。
今季の曲は全体を3つのパートに分けていた。フィギュアスケートは芸術か競技かというと、間違いなく競技だ。だけれでもテクニカルエレメンツ以外にもプログラムコンポーネンツが評価されるし、勇利は競技時代はどちらかというと構成点を取りに行くタイプだった。曲への理解と解釈と、それを自らの中に落とし込んで表現していく課程。一つのシーズンで同じ滑走はひとつだってない。大会ごとにジャンプの構成やちょっとした表情のしぐさを、すこしずつ変えていって、競い合う相手の点数と自らの実力を交互に比較しながら、勝ちにいく競技だ。

この曲で彼は絶対に勝てる。
勇利はかつてよりも時間が沢山できて、編曲へのこだわりも強かった。会場の雰囲気を飲み込むことこそが、勝ちに繋がる一手である。会場の雰囲気を飲み込むというのは、会場の感情を奪うほどの情感を与えること。音楽は人の心を揺さぶる、とても大切なものだ。音楽ひとつで人は泣けるし、心を奪える。
今季のパートはinferno,purgatorio,paradisoと3つに分かれている。3つの音を中心に曲は構成される。歌唱はテルツァ・リーマの手法が用いられ、三行韻句の脚韻が次々に韻を重ねて鎖状につながっている。各歌の末尾には3に1が加えられ、曲の後半に向かうに従って、救われるような和音が展開されていく。Stellaということばを最後に和音が閉じたときには、きっとかれは完璧な世界を創造できているだろう。

私、貴方、踊る、死、誓う、愛する、美しい。
手のひら、指の先、腕、身体全体でのマイムは、見せる角度、表情、全てが重要だ。彼が最も魅力的に見えるように、彼が最も、会場の感情を揺さぶれるように。
腕をのばして、手のひらでつつみこんで、指のさきでそこにあるものをにさわって、とおい貴方にささげて、心臓の上で手のひらをたいせつにつつみこむ、頬をなでて、手を交差させて、天にむかって腕をひろげて―
[PR]
by kanae-r | 2017-01-23 06:03 | YURI ON ICE | Comments(0)