サンクトペテルブルク、5月
2017年 01月 24日
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ユーリと次のシーズンに向けてのプログラムを練っていた。かつてヴィクトルがユウリにしてもらったように、選手の意向を聞きながら、彼らがただ踊りたいだけじゃない、一皮も二皮も、成長できるような、世界にインパクトを与えて勝ちに行ける、ふさわしいプログラムをつくるようにしている。
それにはまず、選手のことを知ることから始める。好きなもの、嫌いなもの。得意なもの。苦手なもの。何を考え、何を表現したいか。本人の気づいていない魅力や、欠点や、潜在性。
ユーリは精神的にも強い選手で、試合のリカバリーも上手だった。そして現時点で彼を特徴づける最大の魅力は、その軽さとスピードと柔軟性だった。徹底的にバレエで鍛えた表現力と柔軟性はスピンでも最大限活かされていたし、成長期前の身体を活かして武器にできることもあった。
彼は天才と言われたが努力の人でもあった。研磨を怠らなかった。
比較的遅咲きと言われる自分と比較した時に、彼に十分な指導が与えられるのか?ロシアのスケート連盟に辞退を相談した時に、他に世界選手権を五連覇したやつを代わりに連れて来たら変わってもいいと言われた。そんなやつロシア国内にはいない。
オフシーズンの予定の話を聞いて、ユーリのカナダ行きがバンクーバーだという事実にヴィクトルは心臓が止まりそうだった。バンクーバー?スケートクラブなんて限られている。へえ、とヴィクトルは敢えて柔らかい笑みを浮かべるようにした。
ヴィクトルは動揺した。オタベックはトロントではなくバンクーバーにいたのか!たしかにユウリは最近生徒が増えて大変だと言っていた。アジアやオセアニアの選手も多いらしい。
俺らって恵まれてんだなって思ったんだよ。ヘルシンキのバンケットであいつらと話してたらさ、ジャパンも含めてたけどさ、あいつらのうちの何人かって個人で競技やってるんだぜ?信じられるか?渡航費も衣装も自分たちで準備するんだ。
オタベックもあまり恵まれてないから、カナダに来たかったんだけど、トロントじゃなくてバンクーバーを選んだのは、あいつのコーチ兼振付師がそういうやつら向けに門戸を開いてるからなんだって。そのコーチはクラブのマネージメントもしてるってあいつめっちゃ尊敬してんだよ。
ユーリは何か言いたげに、何か思うところがあるようだった。お前知ってるか?とその目線が問うてくる。
練習しよう、と切り替えるように声を掛けると、彼はうなづいてリンクの中央に飛び出して行った。
ユウリ、君はすごいね。ヴィクトルは思う。
君が切り開いた道が後進のためにひらかれているよ。俺はその彼らが進むべき道を照らせるだろうか。
美しいコンパルソリーが氷上に描き出される。彼の今季のシーズンは一生に一度だけだ。彼らの競技人生は短い。悔いのない一年にしよう。
by kanae-r
| 2017-01-24 08:24
| YURI ON ICE