サンクトペテルブルク、6月
2017年 01月 25日
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ユーリプリセツキーはかつて氷上の妖精と例えられていたが、いまやスタイルの良い立派な大人に成長しつつあった。スタイルの良い長い手足に、しなやかについた筋力をいかしたきれのいいジャンプが彼の武器になるだろう。
契約形態もアカウントの所在地も変わったために書類手続きが難航してヘトヘトになってしまったヴィクトルをユーリプリセツキーはオフィスのまえで待っていた。逃げんなよばーか、と暴言を吐いたそのユーリは、あきらかにほっとした顔をしていた。
ヴィクトルは苦笑いする。
彼には説明し納得していたが、今までよりは指導の色が少なくなる。メインコーチとサブコーチを交代され、さらにサブコーチを一人増えていた。ヴィクトルはあくまでも振付だけの契約だ。
ユーリはわかってるから、と分別を効かせた顔でうなづいた。ありがとうヴィクトル、感謝してる。
ユーリから前以て聞かされていたテーマは、感謝だった。いままで支えてくれた人達へ、愛を伝えたい、と。その振付はヴィクトルではないとダメなのだ、他の誰でもダメなのだ、と強い口調で言い切った。
かつて噛み付いて来た仔猫の様子とは打って変わって真剣な様子に、ヴィクトルはううん、と唸った。
「おれはじいちゃんに育ててもらって、モスクワに家族がいて、ずっと仕送りしてきたけど、サンクトペテルブルクではひとりだった。小さな頃はリンクへの送り迎えもじいちゃんがやってくれた。でも体調くずしててさ、いつまで元気かわかんねえし、じいちゃんが元気なうちにおれの感謝を伝えたい。絶対一番になって、その結果で伝えたい」
俺の今があるのはじいちゃんや、リンクメイトや、コーチ、モスクワの家族のおかげ。だから絶対勝ちたい。
ぎらぎらと瞳が闘志で燃えている。ヴィクトルは微笑んだ。彼を勝たせよう。
滞在して二日目の練習後、彼と一緒にデモ曲を選ぶ作業に移った。
ユーリはヴィクトルの用意した候補曲の載ったペーパーを何度か眺めて、うーんと唸って、そしてなあ、と躊躇ったようにヴィクトルに声をかける。
お前に振付師をどうしてもお願いしたかった理由があって…ヴィクトルの滞在するホテルの部屋だった。運命の一曲を決めるにはまだまだ時間がたりなかった。
ヴィクトルのプログラムは全部見た。お前が踊ってるプログラム、ぜったい愛を伝えてるんだって思うのがあって…お前、配偶者と死別したっていう噂があるんだけど…聞いていいのか迷ったんだけど、と躊躇った末に、もごもごとユーリが言った。世界選手権五連覇したときのやつ。
ううん、死別…?!なんだその噂。なんとなく聞いたことはあったけれど、放置していたのだ。
「…どうしてそう思った?」
ヴィクトルは悩んだ末にそんな答えを返した。
あれはね、俺の大切な人に振り向いて欲しくて、全てを捧げて踊ったプログラムだった、それは喉の奥に飲み込んだ。
感謝に見えたけど、でも、あれじゃまるで、なんていうか…
ごにょごにょと言葉を濁したユーリに笑ってやる。
恋人にささげるみたいな?
ユーリは躊躇ってうなづいた。
愛にもいろいろあるでしょう。献身的な愛、家族への愛、友人への愛、恋人への愛。全てが型にはまっているわけじゃない。きみは愛を型にはめなくてもいい。
きみだけの愛を見つけたらいいんだよ。だから君の話を聞こう。君の感謝はどんな愛かな?ふさわしい曲をみつけようよ。
言えばユーリは複雑な顔をしてうなづいた。
by kanae-r
| 2017-01-25 06:55
| YURI ON ICE