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当ブログsoireeは管理人kanaeによる雑多な二次創作を扱っております。苦手な方等はご容赦ください。


by kanae
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エッジワース・カイパーベルト

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my Витенька

俺は息が止まった。
彼は何を言っているのか?どんな意図で?何を期待して?
バンケットルームのガラス張りの窓の外はちかりちかりと街の明かりが、星のようだった。黒い闇に光が浮かび、室内がガラスに反射する。彼の顔はガラスに反射していて、まるで泣きそうな。
「…カツキ?」
皆周知の事実として、彼は日本の代表選手だ。世界に誇る日本の選手。繊細で芸術的な表現力。圧倒的なステップシークエンス。
その彼が?シニアデビューしたばかりの初見の俺に?彼はきっと酔っていた。手にはワイングラスがあったし、頬は子どものように、赤く、目は潤んでいる。マルセイユの夜。グランドプリックスファイナルのバンケットで、俺は初めてのシニアデビューで台乗りしたものの、金メダルは目の前の男に取られた。試合中はまともに話していない。
彼は間違いに気づいたらしい。あ、と小さく口をあけて、そして焦ったように顔を真っ青にした。

「Ah.....ごめん、親しい人と間違えてしまって」
親しい人?同じヴィクトルという名前の?Витенькаだなんて、愛称で、呼び合う?
俺は今季のシーズンを彼に憧れて自慢の長い銀の髪を一つに縛って挑んでいた。彼が嘗てアイスショーで披露した演目に、髪を一つに結わえて滑るものがあって、とても美しくて感動したからだ。そう、ユウリカツキはまるで俺の神様だった。憧れていて、彼の演目にはいつも驚かされていた。彼の演目は過去の物も何度も見てコピーもしたし、だから今日ようやく、彼と同じ舞台にたてて嬉しかったのに。
「ヴィクトルニキフォロフです、お会い出来て光栄です」
知ってるよ、と差し出した手を握り返された。よかった、認識されていた。ふわり、と彼は花が咲いたように笑う。自分の顔がまるでティーンのように真っ赤になってるのを感じる。事実ティーンだけれど、最近の俺はファンサービスも頑張ってるし、大人の魅力を出そうと頑張ってるのだ。
「カツキです。カツキユウリ。どうぞ、ユウリと呼んで」
認識されていて、安心したのも、当然だ。俺がジュニアで戦っているときからも、ユウリカツキの強さは圧倒的だったし、彼はシャイで余り交流が好きでは無いのも有名だった。リンクメイトが彼の事を話していたし。また彼の振付師は有名な人なので、俺もいつか振付をして欲しいなと思っていた。

ユウリカツキは俺にいくつか質問をした。楽しかった?シニアデビューはどうだった?テーマはなんだったの?ホームタウンは?毎日は?
俺は憧れの選手と話せるのが嬉しくて、問われた内容に畳み掛けるように自分ばかり話していた。楽しかったよ!ジュニアとシニアはぜんぜん世界が違うよ。さいきんはね、身体がいたいの。背が伸びてるんだってヤコフは言うんだけど、ペーテルではね、毎日練習の前に散歩をしてね、あ、マッカチンという名前のスタンダードプードルを俺は飼ってるの。それでね、それでね。
気づけばバンケットもそろそろお開きのようだった。ユウリカツキはまるで子供を可愛がる先生か母親のような顔をして俺を見ていて、うつくしいその指先が俺の頬にかかっていた髪を耳にかけてくれた。彼はまるで美しく本当に神様のようだった。頬を薔薇色に染めて(アルコールでね)、慈愛の微笑みで、俺は自分ばかり話してしまったことに反省した。せっかくユウリカツキのことを知れるチャンスだったのに!俺がもっと話したい、という顔をしていたことが伝わったのか、また世界選手権でね、と彼は笑った。
彼と仲のいいスイスのクリストフ ジャコメッティが親しげにユウリカツキに話し掛けて二人は歩き出してしまった。何処かで飲み直すのだろう。ヤコフは部屋に戻るぞと戻りたく無いと駄々を捏ねる俺の耳を引っぱった。
俺はふわふわと浮かれてしまった。次の世界選手権、出れれば彼とまた会えるのだ。彼の出場は間違いないだろう。

ユウリカツキの瞳は黒く、マルセイユの街の明かりがその瞳の中に写って、まるで宇宙の星空のようだった。ヤコフが何か煩く言っている。まるで耳に入らないけれど、俺は彼を目で追ってしまう。
ねぇヤコフ、俺はついに憧れのユウリカツキと話をしたよ!興奮した俺を、呆れたようにヤコフは見遣って、良かったな、ヴィーチャ、と溜息をついた。
ああ、すとんと肝が冷えるのを感じる。かれもВитенькаと言葉を落としていた。彼にもヴィクトルだか誰かが愛する人がいるのだ。次の世界選手権で聞いてみようか。でも、それを聞いてどうする?凄くプライベートなことだ。今日はじめて話したばかりの、こんな年の離れた若者に?

マルセイユの空は晴れていて、街の明かりで星空は見えなかった。ペーテルに戻りたい。ロシアの冬が
ヴィクトルは好きだった。身体に染み渡る凍りつく冬の寒さ。空気は痛いほどで、澄み渡れば澄み渡るほど、夜が美しい。冬の夜がヴィクトルは好きだった。世界は広く、自然は圧倒的だ。自分はちっぽけだった。

by kanae-r | 2017-01-21 22:53 | YURI ON ICE