当ブログsoireeは管理人kanaeによる雑多な二次創作を扱っております。苦手な方等はご容赦ください。


by kanae
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オールトの雲

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勝生勇利は自分が相当狂っている自信があった。
ぼんやりとした感覚がある。誰か近い距離でかつて自分に触れた人がいた気がする。ハグをして、キスをして、my Юрачкаと誰かは自分を呼び、頬にかかった髪を耳にかけてくれた。これはきっと妄想だ。だから勇利は誰にも話した事はない。
勇利は金色に固執した。金色でまあるいもの。大会では絶対にゴールドメダルを取りに行ったし、それがいつの間にか日本の代表選手と言われる所以ともなった。

来期のシーズンは何を滑ろうか。どんなテーマが良いだろう。友人のクリストフ・ジャコメッティがふうん、と相槌を打った。今季がまだ終わっていないのに、もう次の話?たぶんね、僕は振付師でもプロのアイスダンサーでも良いんだ。何か表現するのが好きなだけでね、プログラムをつくるのは楽しいし、と答えると、クリストフは手元のフルートグラスをくるくると揺すった。マルセイユのオフィシャルホテルには最上階にバーが設置されていた。比較的年長な僕らは堅苦しいバンケットが中締めされたあと、早々に抜け出して、中には部屋に集まり仕切り直す若者達もいるが、最近はそんなノリも無く、こうして気の合う人と話をする方が楽だった。

たいていのオフィシャルホテルには最上階にバーが付いていて、ひそかに僕は立ち寄るのを楽しみにしている。夜の街は上から見下ろすと、まるで街の光が星空のようだ。僕らのシーズンは冬だ。冬が僕は好きだった。ふるりと震える寒さも、身体が痛くなるほどの寒さも。真っ白な雪も、曇天の空も。何より夜に晴れると嬉しい。空気は澄み渡り、遠い銀河とつながっているのがわかる。こうして世界を回れば、違う星座が見えた。九州長谷津の星空、大会で回ったバルセロナ、モスクワ、レスブリッジ、シカゴ、ボルドー。たまに大雪で飛行機が飛ばなかったり混乱で荷物がロストしたりもした。

インスピレーションを得て、次の糧にする。息をするように吸収出来るものを探す。コーチのチェレスティーノは今頃ホテルの部屋に戻っているか、コーチ仲間と何処かで飲んでいるかだろう。勇利は大人しくて真面目な生徒だったし、こうして友人と飲んでいても何かはしゃいでトラブルを起こしたこともないので、比較的自由にさせてもらっている。

クリスは今季のテーマはどうやってきめたの?最近どう?アサイン被らなかったけど、どこかで面白いことあった?勇利はついつい人の話を聞きたがる。自分は話すことよりも人の話を聞きたい。何を見、考えたか。温度や匂い、空気、味、肌で感じたもの。自分の競技人生は短い。たくさんのことが知りたい。驚き、サプライズ。刺激になるもの。勇利は自分が欲深い人間だと思う。

かつて誰か近くにいた人がたくさんのサプライズを勇利に与えてくれたような気もする。姉や両親だろうか、長谷津の幼馴染か。リンクメイトのピチットだろうか。記憶力が悪いわけでも無いが、不思議に思う。
今日はバンケットで恥ずかしいことをしてしまった。my Витенька?何を言ってるんだろう。つい言い訳をしたが嘘だ。またいつもの妄想だ。勘違いだ。嘗て自分はそう口癖のように相手に伝えていた気がする。狂ってる。

彼は美しく若かった。銀色の長い髪を競技中に一つに結んで、今年がシニアデビューらしく、まだ中性的な容姿を活かしたプログラムだった。ジュニアの大会を連覇してきた彼が今年からシニアに参戦することは同世代でも話に出ていたし、アサインも被らなかったので、今日が初めての挨拶だった。握手して、彼の話を聞いている間、話の内容も可愛らしかったが、その薄張りの硝子の様な瞳がキラキラと輝くのが美しかった。星の様だ。彼は若く、見るもの聞くもの食べるもの触るものが珍しいらしく、初めてのアロス・ネグロに驚いていたし、食べたらフクースナァァと叫んだ。唇が烏賊墨で黒くなっているのが可愛らしくて、ついナプキンで母親の様に拭いてやった。当たり前にいる選手の一人だ。彼とは友人になれるだろうか。

次は世界選手権だね、クリストフにも別れ際にそう伝えた。選手同士の挨拶なんてそんなものだ。またね。シーズンは始まったばかり、年齢的には円熟している。ホテルの一人部屋に戻ってから、金色のまあるいメダルが無造作に転がっていたのを手に取った。部屋を出たのが早かったから、カーテンは空いたままで夜の星が瞬いた気がした。

金色、まあるいもの。勇利が固執するもの。それに口付けると思ったよりも冷たくて、勇利は少し寂しくなった。


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by kanae-r | 2017-01-22 02:06 | YURI ON ICE | Comments(0)